研究情報・研究年報

2012年度 研究年報

2015年1月28日

Ⅰ 小児心臓外科手術に関する研究

1.小児心筋保護法に伴う心筋障害の機序と術中心筋保護法の再検討
近年の小児心臓手術成績の向上における開心術における心筋保護技術の多大なる貢献は論を待たないが、現在のGolden standard であるBlood Cardioplegia血液心筋保護法の保護効果には限界があり、本法の使用下における心筋障害の機序の解明とさらなる心筋保護法の改良が必須である。
(1)臨床的心筋保護法における心筋障害の定量的評価
術中心筋障害に対する血液生化学的定量的評価の確立を目的に、術前にInformed consentが得られた小児開心術症例(乳児期心室中隔欠損症閉鎖術症例)を対象に、心停止前・心筋保護液注入時、Terminal Warm blood cardioplegia注入時、および大動脈遮断解除後の冠静脈洞灌流血と動脈血のTroponine T , FABP および活性酸素マーカー I-isoprostane濃度を測定し、動静脈較差を算出した。本指標は心停止時間および心筋保護法との関連、相関を示し臨床的心筋保護法における心筋障害の定量的評価として有用であることが示唆された。さらに今後本マーカーを使用して新たな心筋保護戦略の導入による心筋障害軽減、心機能改善効果を検討する。

(2)PostconditioningおよびRemote Per/Post conditioning の有用性に関する実験的研究
2003年Zhi- Qing Zhao, J. Vinten-Johansen らによって提唱されたischemic postconditioningは冠動脈閉塞モデルにおいて組織壊死減少効果を発揮するが,人工心肺を用いた開心術後の虚血再灌流障害にもたらす効果に関する報告は少ない.人工心肺による体外循環,大動脈遮断を用いたブタ90分虚血モデルにおいて,各種conditioning: PostconditioningおよびRemote Per/Post conditioningを再灌流直前〜後5分に施行しその心機能,生化学的心筋障害軽減効果を検討した。この結果,虚血性postconditioningの心筋障害軽減効果が確認され,これまで認識されてこなかった心機能改善効果も認められた.さらに現在、Terminal warm cardioplegiaとpostconditioningとの組み合わせあるいは他臓器のischemia/reperfusionいわゆるRemote Per/Post conditioningによる心筋保護効果の検討を行っている。

2. Fontan型手術の適応と術式、成績に関する研究
(1)Fontan手術の長期成績の検討
当施設では従来自己組織を用いたFontanm手術を優先的に施行してきたが遠隔期不整脈発生などの危惧より2002年以降、Fontan手術術式をPTFE conduitを用いた心外導管型TCPC(Extra cardiac Conduit)方式を標準とした。今回各術式ごとの遠隔期合併症回避率の検討を行い、生存率合併症および再手術率においては術後15年迄の遠隔成績に術式による差異は認められなかったが、上室性不整脈回避率はECC Fontanでは 10年 99% とその他術式88%に比して良好であった。
(2)High risk Fontan症例におけるGlenn術後の肺血管拡張薬の効果
当施設では2003年以降、high risk Fontan適応症例のGlenn術後において肺血管拡張薬(シルデナフィル、ボセンタン)を積極的に投与している。そこでFontan待機期間中に複数回カテーテル検査を施行した症例を対象に、Glenn術後の肺血管拡張薬投与の肺血管要因へ及ぼす影響を検討した。Glenn術後Fontan待機期間中に複数回カテーテル検査を施行した18例のうち、肺血管拡張薬を投与した8例(シルデナフィル2例、ボセンタン3例、併用3例)と投与していない10例の2群間において肺血管要因(PAI、PAP、Rp)の経時的推移(Glenn術後3ヶ月以内(3m)、6ヶ月以上12ヶ月未満(6m)、12ヶ月以上(12m)の3期間)を比較検討した。この結果Glenn術直後PAP、Rp、PAIは薬剤使用群においてPAPとRpが6mおよび12mで、3mに比して有意な低下を認めたのに対して非使用群ではすべての項目で有意な経時的変化は認めなかった。この結果Glenn術後において肺血管拡張薬はPAPおよびRpを低下させた。このことからhigh risk Fontan症例における肺血管拡張薬の肺血管要因改善の可能性が示唆された。
(3)ECC-Fontan術後の凝固・線溶系機能の経時的変化と抗凝固療法緩和についての検討
Fontan循環確立後遠隔期の抗凝固療法の緩和については、未だその指標となる明確な基準が確立しておらず議論の多いところではあるが、当施設ではFontan術後の凝固・線溶系機能を遠隔期にわたり評価し、それを一つの指標として抗凝固療法の緩和を行ってきた。今回Extracardiac conduit型Fontan(ECC-Fontan)術後遠隔期の凝固・線溶系機能の経時的変化を評価するとともに、その経過による抗凝固療法緩和の妥当性について検討を行った。TAT、PIC値は術後3ヶ月以内では全例高値を示したが、6ヶ月以降は低下傾向を示し12ヶ月以降はほぼ正常化した。この結果より術後1年を目安にWarfarinを中止し抗血小板薬へ移行しているが、それ以降も両項目の測定値は正常範囲内で推移し、また血栓塞栓症の発生も認められていない。以上からFontan術後1年は凝固・線溶系機能ともに亢進状態にあると考えられWarfarinnによる抗凝固が適切と考えられたが、両機能が正常化してくる1年目以降はその結果により抗凝固療法を緩和するという治療方針は妥当であると思われた。

3.MDCTを用いたTotal pulmonary vascular volumeの計測
肺血管床の新しい定量的評価法:正常群と左右短絡例について
先天性心疾患の手術治療において,Nakata indexは肺血管の発育状況を推察する簡便で有用な方法である.しかし,Nakata indexが小さな症例でも良好なFontanが可能である例もしばしば経験し,この方法が必ずしも肺血管全体の大きさを反映していないことも推測される.
我々はMDCTを用いてたTotal pulmonary vascular volume(TPVV)を考案しその臨床的意義を検討した.今までの検討ではTPVVは身長に良く相関し,Ln[TPVV]=2.7978[body length(m)]+1.2637(r=0.98),と標準化が可能な事を示した.さらに正常群のTPVVをTLVで除し,%TPVVを求める方法による肺血管床の定量的測定方法の再検討を行った.さらに,この方法の妥当性を評価する為に左右短絡疾患症例のQp/Qsとの相関を検討した.
正常群17例(平均BSA1.18±0.53m2,PAI 319±62.6)および左右短絡疾患群(LR群)5例(ASD4例,三心房心+単心房1例)( PAI 364.2±182.0)について%TPVVを求め,Qp/Qsと%TPVV,従来のTPVVのZ scoreとの相関を検討した.正常群の%TPVVは11.9±2.7%であった.また,身長,体表面積と%TPVVの相関はなく(R=0.21,0.15),%TPVVは体格に関係なく用いる事が出来る指標である事が示された.一方,LR群の%TPVVとカテーテル検査上Qp/Qsは%TPVV=7.5754[Qp/Qs]+0.0728(R=0.98)の強い相関があり,肺血流が多いほど肺全体に占める肺血管の割合が高いことが示された.
この結果、肺血管床の大きさは,%TPVVは体格によらず,%TPVVで標準化が可能であった.また,LR群において,肺血流が多いほど%TPVVは高値となる事が示された.この方法は従来の方法と同様に正確な方法であると考えられた.

II. 成人心臓外科手術に関する研究

1.高齢者(80歳以上)大動脈弁狭窄症の治療戦略:TAVI導入をふまえて
大動脈弁狭窄症に対して外科治療を施行しないと予後不良であるが、高齢者重症AS症例は増加傾向にある.近年の当科の手術では現行のTAVI適応とされる高齢者high risk 症例はおよそ10%であった。このような重症例に対する手術成績はいまのところ概ね良好であると思われ人工心肺使用の明らかな禁忌症例も無く、周術期脳合併症は認めなかった。現状では外科治療は満足のいく成績がえられており適応症例については年齢、重症度以外の要素も加味する必要があると考えられた。

2.変性僧帽弁閉鎖不全症に対する病態からみた術式選択:Barlow病からFibroelastic deficiency
僧帽弁変性疾患は病態をBarlow病からfibroelastic deficiency(FED)、中間型の不完全型に分類し治療戦略をたてることが重要視される。手術方針は、基本的にFEDでは前尖逸脱では三角切除、clear zoneにはできるだけ切り込まず広範逸脱では人工腱索再建併用.後尖逸脱では三角切除を基本とし縫い代を充分とり単結紮縫合、健常腱索間の病的逸脱部はできる限り切除するが弁輪ストレス軽減のため弁輪には切り込まない。交連部逸脱は、小範囲でedge to edge、弁輪部分に及ぶ広範囲症例では切除、縫合を併用.リングはflexible -saddle ring 、後尖の高さによってはpartial ringも考慮する。サイズは前尖面積と前後線維三角間の距離を参考に決定する。全症例のおよそ80%がFEDと考えられ、FEDでは矩形、三角切除のみで弁高が十分に低くなりsliding techniqueが必要となることはほとんどなかった。Barlow病など前尖病変を含む症例に再手術が多い傾向にあり、さらなる工夫が必要であるが病的逸脱部を可及的に切除することは再発予防に有利と考えられる。

3.Heart team-理想的ICU体制の構築と早期リハビリテーションの導入よりなるHD冠動脈患者における周術期Heart team医療
当科CABGにおける慢性透析(HD)患者は糖尿病性腎不全が80%を占める中、07’年5.1、08’年7.7、09’年21.1、10’年20.8%と増加している。HD患者の手術リスクと合併症発生率が高いのは知られているが、理想的ICU構築、早期リハビリの導入など周術期Heart teamによる総合的管理体制によりその治療効果を確実にあげている。基本方針決定は当科で行うが、毎朝全患者の検討をICUチームとで行い方針を確認する。必要と思われる関連科も適宜参加し的確かつ迅速な判断がされている。検討会の後、ICUチームは独自にベッドサイド回診を1日2回行っている。ICUでの治療を濃厚に行う事により退室後の一般病棟の負担が軽減されている。CABG患者の重症・複雑化にも関わらず、当院の多種専門分野医からなるICU体制の構築は十分な効果をもたらしている。

4.動脈瘤手術―弓部大動脈瘤手術における脳合併症の予防の検討
弓部置換術では上行大動脈の性状が造影CT・術中エコー上その性状が良好であれば上行送血、不良の場合は右腋窩動脈送血を第一選択としている。しかし、それだけでは脳梗塞合併率が高く、予め逆行性心筋保護用カテーテルを上大静脈より頭側へ挿入し、循環停止後にocclusionし、心筋保護注入装置で約300ml/min送血を開始、逆行性脳還流(RCP)下に十分なbackflowを確認してから選択的順行性脳還流用(SCP)カテーテルを3分枝に挿入し空気塞栓、debrisによる脳梗塞を予防している。SCPにおける cannulationではbackflowがある状況で行うことは脳合併症予防に重要であった。当院で施行しているRCP方式の併用は安全かつ簡便で効果が十分に期待できる。

5.開心術後感染対策-開心術後感染対策と正中創感染における新たな問題点と対策
当科の開心術における糖尿病合併率は、08’年41.1、09’年35.8、10’年41.1、11’年34.5%と高値を示している。さらに透析症例比率も各年、5.4、12.4、11.6、9.9%と高率化しており、易感染性症例が多いと言える。SSI発生は患者のみならず病院にとっても大きな負担である。当科ではSSI(Surgical site infection)基本対策としてa.入院前鼻腔、b.術前シャワー浴、c.手術室での剃毛、d.術野消毒:ベンクロジドアルコールにて前消毒+イソジン消毒、e.抗生剤:CEZ、術当日は術直前及び3時間ごと、術後第4病日で終了。f.術中3時間ごとの手袋交換と2重手袋の一部併用、g.閉創時、充分な洗浄とモノフィラメント吸収糸による単結紮の多用、h.持続的インスリン投与による血糖コントロール、i. ICUでの感染対策・歯科口腔ケアーチームの回診、j.理学療法士指導による早期の術後リハビリテーション開始等を行ってきた。このような様々な対策により、減少傾向にあると思われていた縦隔炎であるが、新たな傾向として、胸骨・皮膚所見に乏しく、発熱後のCT検査で縦隔炎が診断されること、または退院時には明らかな創部の問題はなく、退院後に発症することなど共通の傾向としては一人暮らし、糖尿病を含め病識の極めて乏しい患者であり、退院後の指導が問題となっている。このような患者群に対し術前は、監視培養の強化(臍培養追加)、切開予定部位のケアの見直し(シャワー・洗浄方法)、術後に関しては、回診時手指衛生の再度徹底、患者自身による創部管理の指導等の対策を徹底的に行い、その改善に効果をあげている。