重症心不全とは?
心臓は血圧を保つために大動脈に血液を絶えず押し出している臓器です。その心臓のポンプ機能が、色々な病気によってうまく働かなくなってしまった状態を心不全と言います。
多くの薬の投与などを行なっても、その状態の改善が難しい状態に至ってしまった重度の心不全が重症心不全と捉えられています。
重症心不全とは、心不全の重度のもの、心不全の中で治療困難なもの、末期的な心不全であって重度の症状となってしまっているものなどを指します。 心不全では、息切れやむくみが起こり、治療が早期に施されなければ、だんだん悪くなり生命を縮めてしまいます。その程度が甚だしい状態や、効果的な治療がないといえる状態を重症心不全と表現しています。
重症心不全の原因
心不全を生じさせる原因となる病気が重症心不全の原因となります。
また心不全の原因となる病気のうちで、その病気の程度がかなり悪いものが重症心不全の原因となる病気であることも多いです。
心不全を生じさせる原因の病気として主なものは、拡張型心筋症、肥大型心筋症、重度の虚血性心疾患、急性の劇症型の心筋炎、サルコイドーシス、アミロイドーシス、ファブリー病、心室頻拍、などが挙げられます。
高血圧症、糖尿病、心臓弁膜症、心房細動など、一般的な心臓の病気が心不全を生じさせる原因となることもあります、このことはとても重要です。
重症心不全の症状
心不全の症状としては、息切れ、動悸、むくみ、疲労感、胸部痛、呼吸困難、など多彩な症状があります。その症状が少し動いただけで発現される状態は重度の心不全と捉えられます。その重度な心不全症状が重症心不全の症状と考えられています。
心不全の症状の分類で一番有名なのものがNYHA心機能分類です。NYHA分類はⅠ度からⅣ度までの4段階に分類(ステージ)されています。そのⅣ度に相当するような状態が重症心不全の状態ともいえます。
NYHA心機能分類について
分類 | 症状 |
Ⅰ度(クラスⅠ) | 心疾患はあるが身体活動の制限のない患者。日常的な身体活動の範囲では過度の疲労感、動悸、息切れ、狭心症発作は起こらない。 |
Ⅱ度(クラスⅡ | 心疾患により身体活動の軽度制限をきたしている患者。安静時は無症状である。日常的な身体活動により疲労感、動悸、息切れ、狭心症発作が起こる。 |
Ⅲ度(クラスⅢ) | 心疾患により著しい身体活動の制限をきたしている患者。安静時は無症状である。日常的な身体活動以下で疲労感、動悸、息切れ、狭心症発作が起こる。 |
Ⅳ度(クラスⅣ) | 心疾患によりいかなる身体活動にも症状を伴う患者。安静時にも心不全症状や狭心症症状が認められる。身体活動を行おうとすると、胸部不快感が増強する。 |
重症心不全の治療
当院では、問診で息切れ、動悸、胸の痛みなどの自覚症状をお聞きします。聴診で心雑音を確認後、胸部X線検査、心電図、心臓超音波検査(心エコー)等による検査を行います。
心臓超音波検査は心臓弁膜症の検査を得意としています。ほとんどの弁膜症を診断し、重症度を判定することが可能です。
当院における心臓弁膜症の治療
重症心不全の治療は、まず心不全に対する薬物治療を行います。代表的な薬物には、β遮断薬、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系阻害薬、利尿薬、強心薬があります。また、心房細動などの不整脈を抑える薬、貧血を改善する薬など、心不全を悪化させる病態に対する薬などを使うこともあります。
重症心不全においては、これらの心不全に対する薬物治療を用いても効果が認められないことが問題となります。
この問題を解決するために、補助循環装置を用いた治療を加えていきます。
大動脈内バルーンパンピング(IABP)、経皮的心肺補助装置(ECMO, PCPS)、循環補助用の心内留置ポンプ(Impella)、補助人工心臓などが挙げられます。
別の観点で、重度の不整脈に対しては植え込み型ペースメーカの装着が行われます。
重症心不全の原因となる原疾患に対する開心術を行うこともあります。
重症心不全の原因疾患に対する開心術での改善が望めないか、広範囲の心筋自体のダメージのためにポンプ機能の改善が認められない場合には、心臓移植を行うという最終手段の適応になるケースもあります。
以上のように重症心不全の治療と一言で説明することは結構難しい話となります。
重症心不全だから行う治療というものが存在するのではなく、心機能の回復に繋げるために取りうる治療法が早期に結果を出せないような病態が重症心不全であって、それらの治療法の組み合わせが重症心不全への治療であると考えられています。
心臓外科の開心術直後は、心停止の影響等を受けて人工心肺離脱後に重度の心機能不全に陥ることがあります。その際には大動脈内バルーンパンピング(IABP)を用いて、心機能を回復させることを試みます。大動脈内バルーンパンピング(IABP)は心臓外科の開心術にとって、なくてはならないツールといえます。
大動脈内バルーンパンピング(IABP)とは
大動脈内バルーンパンピング(IABP)は下行大動脈内に留置したバルーンを心拍に合わせて(大動脈弁の開閉に合わせて)拡張・収縮させていくツールです。
重症心不全の治療として使用されます。
左心室の拡張期にバルーンを拡張させます。左室拡張期には大動脈弁は閉鎖している時相であるので、下行大動脈内に留置したバルーンが拡張されることによって、上行大動脈と弓部大動脈の内圧がごくわずか上昇します。このわずかな圧上昇が冠動脈血流をわずかに増多させることにつながります。
左室収縮期にはバルーンは収縮させて、その次にくる左室拡張期のバルーン拡張でさらなる冠動脈血流の上増しへ繋げていきます。
PCPS、ECMOとは
PCPSとはpercutaneous cardiopulmonary support(経皮的心肺補助)の略語です。「一般的に遠心ポンプと膜型人工肺を用いた閉鎖回路の人工心肺装置により、大腿動静脈経由で心肺補助を行うもの」と定義されています。
ECMOとはextracorporeal membrane oxygenation(体外式膜型人工肺)の略です。「心不全状態の心機能や肺機能を部分的もしくは完全に、一定期間(数日から数ヶ月)補助し臓器の回復や臓器移植へと導く機械的装置の使用」と定義されています。
ECMOは脱血、送血血管により静脈脱血-動脈送血ECMO(veno-arterial ECMO; VA ECMO)と静脈脱血-静脈送血ECMO(veno-venous ECMO; VV ECMO)とがあります。我が国では循環補助をPCPS、呼吸補助をECMOと呼ぶ傾向にあります。
重症心不全の治療として使用されます。
PCPSおよびECMOは、遠心ポンプ(心ポンプ機能)と人工肺(呼吸機能)と血液を通す管で構成される閉鎖回路となります。その閉鎖回路内へ体内の血液を導く経路を脱血、回路から体内へ送る経路を送血といいます。
IMPELLAについて
左心室用IMPELLAは、血液駆出用ポンプがついたカテーテルを大動脈弁を経て左心室内に留置し、上行大動脈に向けて左室内の血液を順行性に送血することで、循環補助を行うと同時に、左心室負荷の軽減を目的としています。重症心不全の治療として使用されます。
経皮的VADとも呼ばれ導入には開胸の必要はなく挿入できるため、侵襲が少ないものです。
重症心不全治療としてIMPELLAとECMOを併用することもあります。
LVAD・人工心臓について
補助人工心臓は重症心不全の状況において左心、右心、両心に対する補助循環を行う装置です。米国で1960年代から開発が進み、わが国では1980年代から心臓移植へのブリッジユース目的に普及してきました。重症心不全の治療として使用されます。
補助人工心臓は、Ventricular assist device (VAD)の英語の訳に当たる言葉です、そのうち左心用のものはleftのLがついてLVADと呼ばれます。
ポンプの部分が体内に植え込まれるタイプを植込型補助人工心臓、ポンプの部分が体外にあるタイプを体外設置型補助人工心臓と呼んでいます。
植込型補助人工心臓における適応疾患は、後天性心疾患では心臓移植適応となる疾患に限定されます。心臓移植までのブリッジ使用(心臓移植まで繋ぐための使用)が適応であると言えます。
体外設置型補助人工心臓では、植込型補助人工心臓が適応される状況に加えて、心臓手術直後の人工心肺離脱困難なケースや、急性心筋梗塞、劇症心筋炎などが適応と考えられます。
補助人工心臓の適応についてはその導入前に厳密な議論や慎重な判断が必要であり、かつその装置を導入・使用できる施設もある基準を満たしていなくてはダメです。国にその申請を行い使用許可がおりた医療機関だけが使用できることになります。特に植込型補助人工心臓は心臓移植へのブリッジユースですから、必然的に基本的に心臓移植実施施設が使えるものとなります。
近年使用されている植込型補助人工心臓には、サンメディカル技術研究所製のEVAHEART、テルモ社製のDuraHeart、Thratec社のHeartMateII、Jarvik Heart社のJarvik2000、HeartWare社のHeartWare HVAがあります。
大動脈内バルーンパンピング(IABP)について深掘り解説
重症心不全の治療に用いられる大動脈内バルーンパンピング(IABP)は、大動脈弁の閉鎖のタイミングに合わせ下行大動脈内でバルーンを膨らませ、冠動脈血流を増加させるツールです。基本原理について「大動脈弁の開閉タイミング」をキーワードに解説していきます。
血圧計で測定される上の値を最高血圧、収縮期血圧、と言います。下の値は最低血圧、拡張期血圧と言います。この収縮期・拡張期は基本的に左心室が収縮拡張することをさします。
左心室が拡張している時は左心房が収縮している時です。
よくある解説は、収縮期・拡張期のタイミングは左心室を主体にしての説明でなされています。
ここで「大動脈弁」を主体にした説明を行っていきたいと思います。
血圧の上の値は大動脈弁の開口時圧、下の値は大動脈弁の閉鎖時圧と表現していきます。
大動脈弁の閉鎖時圧、この圧がバルサルバ洞から分枝する左右の冠状動脈への血流を生み出す元となる圧力となります。したがって心臓のためには大動脈弁の閉鎖時圧が重要になってくるのです。
重症心不全のように心筋収縮力が落ちてくると大動脈弁の閉鎖時圧のみならず血圧全体が低値になってしまいます。そのため心筋の隅々までの血液循環能が低下してしまうのです。これにより心収縮能も低下するという理屈です。
心筋収縮力を底上げするためには、まずは心筋の隅々までへの血液循環量を底上げする必要があるのです。心筋の隅々までへの血液循環量を少し底上げできれば、追随して心筋収縮力も持ち直し、それに応じて血圧全体も少し上がってきて大動脈弁の閉鎖時圧も少し上昇してくるという好循環が生まれてきます。
大動脈弁の閉鎖時に、強制的にバルサルバ洞付近(上行大動脈と考えてもOK)の血管内圧力を上げることができれば良いこととなります。そこで大動脈内にバルーンを入れて、バルーンで栓をするように使って、大動脈弁の閉鎖時に下行大動脈より末梢側の大動脈内に圧力が逃げていかないように、わずかながら上昇する圧力を中枢側に向かわせる。それにより上行および弓部大動脈のエリアの圧力がほんの少し上昇させることができる、つまり大動脈弁の閉鎖時圧をほんの少し上昇させることができるのです。
但し、このバルーンを膨らませるタイミングがかなり大切です。必ず大動脈弁の閉鎖時でなければならないのです。大動脈弁が開口してきたタイミングにバルーンが膨らんでしまうと、左心室へ向かった逆行性の圧が加えられ、左心室がちょうどボクシングでいうカウンターパンチを喰らったような状態になってしまいます。非常にダメな状態を作ってしまうわけです。つまりタイミングが少しでもずれれば、心臓を回復させるためのツールが、逆に心臓にダウン寸前のとどめをさすツールになってしまうのです。そのためバルーンの拡張のタイミングは心電図等をもとに大動脈弁の閉鎖時となるタイミングにしっかり合わせる管理をしなければなりません。
重症心不全の治療に用いられる大動脈内バルーンパンピング(IABP)の挿入はそう難しくはないものの、その管理は厳密になされることが要求されます。その管理のためにも臨床工学技士の尽力は無くてはならないものです。
この場をかりて臨床工学技士の尽力への感謝の意を示したいと思います。