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心臓腫瘍

心臓腫瘍とは

腫瘍とは、遺伝子の変異によって無秩序に増え続けた細胞の塊です。腫瘍細胞の増え方や性質などから、良性腫瘍と悪性腫瘍(「癌・がん」といわれます)に大きく分けられます。
心臓腫瘍は、心臓に発生した腫瘍です。心臓自身から発生した腫瘍か、他臓器で発生した腫瘍が転移してきた腫瘍かで、原発性心臓腫瘍と転移性心臓腫瘍に分けられます。原発性心臓腫瘍には、良性腫瘍と悪性腫瘍がありますが、転移性心臓腫瘍は悪性腫瘍になります。

心臓腫瘍による症状は、腫瘍の種類やその腫瘍が発生する部位・占拠する大きさなどによって多彩な症状を呈するため、特徴的な症状はありません。

心臓腫瘍を患った患者様の余命や生存率は、心臓腫瘍が良性腫瘍か悪性腫瘍かで決まります。良性腫瘍は完全切除ができる場合は一般的に予後が良好です。悪性腫瘍は、原発性心臓腫瘍で病変が小さく完全切除できることもありますが、一般的に再発や転移をする可能性も高く、予後は不良なことが多いです。また転移性心臓腫瘍である場合は、心臓手術の適応にならないことが多いです。

心臓腫瘍の分類

・良性心臓腫瘍:心臓腫瘍と周囲の正常な組織との境界が明瞭です。腫瘍が大きくなる速度は比較的に遅く、転移することも少なく、再発も少ないです。
・悪性心臓腫瘍:心臓腫瘍と周囲の正常な組織との境界が不明瞭です。腫瘍が大きくなる速度は早く、転移することも多く、再発も多いです。

・原発性心臓腫瘍:心臓自身から発生した腫瘍です。
・転移性心臓腫瘍:他臓器で発生した腫瘍が心臓に転移してできた腫瘍です。

原発性心臓腫瘍(良性腫瘍)

ほかの臓器で発症する腫瘍と比べて心臓腫瘍は非常にまれな疾患で、0.1%以下の発症率と言われています。原発性心臓腫瘍のうち、約70-80%が良性腫瘍、20-30%が悪性腫瘍と言われています。良性の心臓腫瘍のうち、粘液腫が最も多く30-40%を占め、次に乳頭状線維腫、横紋筋腫、線維腫、血管腫などが続きます。

粘液腫

粘液腫は原発性心臓腫瘍(良性腫瘍)の中で最も多いです。本邦で手術により摘出された心臓腫瘍のうち、約70%は粘液腫と報告されています。発生部位に関しては、70-80%は左房で、次に右房から発生すると言われています。粘液腫の症状は、心腔内狭窄症状・全身症状・塞栓症の3つがあります。心臓内を腫瘍が占拠することで生じるのが心腔内狭窄症状(呼吸困難感、失神など)です。また腫瘍細胞自体から炎症性サイトカインのIL-6が分泌されていて、発熱など風邪のような全身症状を呈することがあります。さらに腫瘍周囲に形成された血栓や腫瘍自体が崩れて腫瘍の小さな塊が血流にのって他臓器を栄養する動脈に詰まることで、脳梗塞などの塞栓症を引き起こすことがあります。近年は無症状の場合でも、心エコー検査などで偶然的に発見されることも増えています。治療は、診断もかねて腫瘍摘出術になります。本邦の20年間での手術後の平均病院死亡率は1.1%と報告されており、手術成績は非常に良好です。ただし、ごくまれに再発や悪性化するとの報告もあるので、術後は定期的な心エコーでの経過観察を行います。

乳頭状線維腫

乳頭状線維腫は粘液腫に次いで多く、原発性心臓腫瘍の7~10%と報告されています。
弁(大動脈弁>僧帽弁>三尖弁の順に多い)に多く発生します。無症状のことが多いですが、腫瘍がちぎれてしまうことや、腫瘍の周囲に形成した血栓が剥がれてしまうことで脳梗塞などの塞栓症を発症することがあります。心エコー検査で偶然に発見されることや、別の心臓手術中に診断されることも多いです。治療は診断もかねて腫瘍摘除術を行いますが、腫瘍の付着している部分が弁であるため、腫瘍切除によって弁が傷ついた場合は修復できれば弁形成術を行います。修復が困難な場合は、人工弁置換術が必要になることもあります。ただし、手術後の予後は良好です

原発性心臓腫瘍(悪性腫瘍)

悪性の原発性心臓腫瘍は、肉腫・心膜中皮腫、悪性リンパ腫などがあります。

血管肉腫
肉腫とは全身の骨や軟部組織(筋肉、脂肪、神経)などから発生する悪性の腫瘍のことです。
肉腫の中でも、血管内皮細胞ががん化したものを血管肉腫と言います。
悪性の原発性心臓腫瘍の中では最も多いのが、血管肉腫であり、約30%を占めます。発生部位は右房が70%を占め、腫瘍が大きくなり上・下大静脈や三尖弁へ浸潤することや、心筋から心外膜を超えて浸潤し、心嚢内へ出血することもあります。そのため、術前の心エコー検査で心嚢水が貯留していると診断されることがあります。
また肺への転移が多く、CTやMRIなどの画像検査が重要です。治療は診断もかねて腫瘍摘除術を行いますが、腫瘍の浸潤が高度で完全に切除できないこともあります。その際は、生検(組織をとってきて、顕微鏡で観察し、診断をする)を行って、術後の化学療法や放射線治療を検討します。

転移性心臓腫瘍(悪性腫瘍)

他臓器で発生した悪性腫瘍が、直接浸潤または血行性・リンパ行性に心臓へ転移した腫瘍です。
原因となる悪性腫瘍は、肺癌が約30%と最も多く、乳癌・悪性黒色腫(メラノーマ;皮膚のがん)、悪性リンパ腫などが知られます。
転移性心臓腫瘍は一般的には心臓手術の適応になりませんが、悪性リンパ腫など手術で生検を行うことで診断され、術後の化学療法など治療方針が決まることもあります。

心臓腫瘍の原因

心臓腫瘍の原因については不明なものが多いです。

心臓腫瘍の症状

心臓腫瘍による症状は、腫瘍の種類や腫瘍が発生する部位・占拠する大きさなどによって多彩な症状を呈するため、特徴的な症状はありません。

全身症状

発熱、全身倦怠感、関節痛、筋肉痛、体重減少など。全身の不定愁訴として、判断されてしまうこともあります。

心腔内狭窄症状(心不全症状)

増大した腫瘍が心臓の中を占拠し、心臓の中が狭くなり血流が悪くなることで心不全症状(息切れ、呼吸困難、全身浮腫、うっ血肝など)を呈します。腫瘍が大きく、可動性があると、心臓の中の弁(僧帽弁や三尖弁)を突然塞いでしまって、めまいや失神、突然死を引き起こすことがあります。

塞栓症

心臓腫瘍の一部が崩れることや、腫瘍周囲に付着した血栓が剥がれて血流にのることで、他臓器を栄養する動脈に腫瘍や血栓が詰まることで脳梗塞などの塞栓症を生じます。まれに心臓自身を栄養する冠動脈に詰まって、心筋梗塞を発症することもあります。

不整脈

心臓は拍動するために、自動で電気的な興奮を発生する心筋細胞(洞結節)を有しています。その電気信号を心臓全体へ伝える特殊な心筋の経路を刺激伝導系と呼びます。心臓腫瘍がこの刺激伝導系のそばで発生し、腫瘍が大きくなって刺激伝導系を圧迫または浸潤した際には、房室ブロックなどの脈が遅くなる不整脈を発症します。また腫瘍の発生する部位によって、心室期外収縮、発作性上室性頻拍、心房細動などの様々な不整脈を発症します。また心室頻拍、心室細動などの失神や突然死をするような致死性不整脈を急に発症することもあり、無症状であっても注意が必要です。

心タンポナーデ

血管肉腫や転移性腫瘍などの悪性の心臓腫瘍や心膜の腫瘍(悪性中皮腫など)は心嚢液貯留(心臓の周りに液体や血液がたまること)することが多く、心臓が圧迫されて心臓の中に血液が充満しにくくなります。全身へ血液をうまく送り出せなくなり、血圧が低下する心タンポナーデという状態になります。

心臓腫瘍の検査

心臓腫瘍の診断には、心臓超音波検査(心エコー)やCT検査、MRI検査による画像検査を行います。画像検査で腫瘍の場所や大きさ、血行動態などを確認し、治療方針を決定します。

心臓腫瘍の治療

心臓腫瘍の治療は、心臓腫瘍の分類で大きく異なります。

良性心臓腫瘍の治療

腫瘍による症状があれば、手術の適応です。また無症状で経過観察を行うこともありますが、腫瘍の大きさや部位などを評価して、摘除可能な腫瘍があれば、腫瘍摘除術を行います。
稀ではありますが再発や転移の可能性があるので、腫瘍を完全に取り除くことが非常に重要になります。心臓超音波検査(心エコー)、CTやMRIを参考にして、手術方法を検討します。
一般的には胸骨という胸の真ん中にある骨を切開する胸骨正中切開という方法で手術を行います。しかし腫瘍の大きさや場所などを見て、胸骨正中切開を行わないで右胸の小さな創で手術をする低侵襲手術(Minimally invasive cardiac surgery: MICS)が可能なこともあります。

悪性心臓腫瘍の治療

悪性の原発性心臓腫瘍は、腫瘍が小さく、転移がない場合は完全な腫瘍摘除を目指して手術を行います。ただし、腫瘍組織と正常な心筋の境界が不明瞭なことが多く、完全に腫瘍摘除をすることが困難なことがあります。腫瘍を完全に摘除できなかった時や、手術での切除が不可能な時は、病気の進行を遅らせるために化学療法や放射線療法を検討します。
転移性心臓腫瘍は、一般的には手術の適応ではありません。ただし悪性リンパ腫が疑われる時などは生検・診断目的で手術を行うこともあり、化学療法が奏功することもあります。

この記事の監修医師

國原 孝

主任教授國原 孝

1991年、北海道大学 医学部卒業。2000年からはゲストドクターとして、2007年からはスタッフとして計9年間、ドイツのザールランド大学病院 胸部心臓血管外科に勤務し、臨床研修に取組む。2013年より心臓血管研究所付属病院 心臓血管外科部長、2018年より東京慈恵会医科大学附属病院 心臓外科 主任教授を経て、2022年より宇都宮記念病院 心臓外科 兼務。